最高裁判所第二小法廷 昭和62年(あ)551号 決定 1989年9月19日
本籍
兵庫県西宮市門戸東町五番
住居
東京都台東区根岸四丁目一五番一二-三〇七号 ジャルダン根岸
会社役員
廣納俊治
昭和二一年六月八日生
右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和六二年三月三〇日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人石塚文彦、同大森勇一の上告趣意第一点は、事実誤認の主張であり、同第二点は、量刑不当の主張であり、同第三点は、当裁判所の判例の変更を求めるものであって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員の一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 奥野久之 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)
昭和六二年(あ)第五五一号
○上告趣意書
被告人 廣納俊治
右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件の上告趣意は、次のとおりである。
昭和六二年六月三〇日
弁護人 石塚文彦
同 大森勇一
最高裁判所第二小法廷 御中
第一 事実誤認
原判決は、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められ、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認がある。
一 すでに、原審において詳述しているので、本書面では概略述べることとするが、原判決は、第一審判決と同様、矢嶋正司との共謀による所得税法違反事件につき、共謀共同正犯理論の適用により有罪である旨認定しているが、右共謀を認めた点は事実誤認に基づくものであり、速やかに破棄されねばならない。
二 すなわち、被告人が当初矢嶋と共謀した内容というものは、そのほ脱額としては相続税のほ脱に利用したところの連帯保証債務の履行分三億七、〇〇〇万円を限度として、トヨタ(トヨタカローラ足立株式会社)に売却した土地代金一億五、〇〇〇万円および日産(東京日産自動車販売株式会社)に売却した土地代金三億二、〇〇〇万円のうちの二億二、〇〇〇万円がその対象であり、日産分のうちの一億円は枠外になるというもので、これは矢嶋も了解済みのことであった。
一方、実際に実行された内容というものは、矢嶋と岩内税理士との共謀により、特例農地として税務上優遇措置のあるトヨタに処分した矢嶋及び同人の母である矢嶋ハツの持ち分二分の一に相当する七、五〇〇万円を譲渡所得免除の対象から外し、残りの矢嶋の持ち分七、五〇〇万円に、後で日産に売却した土地代金三億二、〇〇〇万円全額を加えた金額を右免除の対象に入れ、被告人が当初枠外と明示していた一億円についてもそれを一括して枠内に組み入れて処理するというものであった。
三 この点につき、原判決は「本件共謀の核心は、トヨタ・日産への土地譲渡所得につき、さきに原判示第二の相続税の更正請求にあたって計上した架空連帯保証債務を利用し、その債務額である三億七、〇〇〇万円を限度として、右両土地譲渡所得から右債務の履行をしたものとして差し引き、それに相当する税金をほ脱するというものであって、トヨタ・日産への土地売却代金のうちどの代金でいくらの連帯保証債務を履行したことにするかはさほど重要なことではな(い)」旨判示している。
しかしながら、被告人が関与した共謀と実際に岩内税理士の手で実行に移された犯行方法との重要な差異は、原判決がいうように単にどの代金でいくら連帯保証債務を履行したかなどという枝葉末節的な点にとどまるものではなく、実行された内容は特例農地の税務上の優遇措置を利用した上で、矢嶋とその母の持分の二分の一を譲渡所得免除の対象からわざわざ外したうえで、後で売却した日産分の土地代金を全額免除の対象に入れるというものであり、採られた手段・方法はその道の専門家である岩内税理士でなくては到底考えられないものであって、被告人が考えた手段・方法とは全く異なり、共通するものが有るとすれば結果においてほ脱行為があったという点だけであるといっても過言ではない。
共謀共同正犯における「共謀」の意義につき、大審院昭和一八年三月二日判決は「謀議は、犯行の日時、場所並びに手段等につき、具体的に之を決定するを通常とするも、犯罪の性質に依りては常に必ずしも具体的に之を決定せず、犯罪実行の決意のみを連絡協議し、之が実行に関する具体的内容の決定は実行者の便宜に任ずるも犯罪の成立に支障な(い)」旨判示しているが、これはあくまでも謀議された犯罪と実行された犯罪とが同一の意思主体で、言い換えれば同一の構成員により行われた場合のことを述べているのであって、本件は犯罪の謀議が当初の構成員である被告人を除外したところで新たに行なわれ、その新たな謀議に基づいて実行されたのであるから、上記大審院判決とは事案を異にする。
四 原判決は共犯関係からの離脱について、離脱がないことを縷々述べているが、この点に関する重要な問題点は、昭和五九年一一月七日頃、被告人と岩内税理士が決定的な喧嘩別れをし、以後両者の関係は没交渉となったこと、一方、被告人と岩内税理士との間にあって、いわば共謀維持の接点となっていた矢嶋自身が、岩内税理士からの本件の税務申告手数料の請求に対して、既に被告人に支払い済の一、五〇〇万円の報酬中に右手数料が含まれており、矢嶋自身これを十分知悉しながら、何等異議なくこれに応じているのであって、岩内税理士は勿論、矢嶋までが被告人との関係を精算した行為に及んでいるのであって、これを共犯からの離脱といわずに何というべきであろうか。
この点に関する原判決の判断は右の各諸点を看過した極めて不当なものであり、誤っていると言わざるをえない。
第二 量刑不当
原判決の刑の量定が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反することを認める事由がある。
一 原判決は、第一審の判決における懲役二年六月の量刑を、その判決時点においてはかならずしも重すぎて不当とはいえないとしながら、其の後の弁償状況に鑑み、その刑期を軽減するのが相当であるとして、第一審判決を破棄したうえ、あらためて被告人に懲役二年に処する旨判決している。ところで、原審裁判の公判中に被告人がした弁償の内容は、関口安弘及び矢嶋正司の各人にそれぞれ金四、〇〇〇万円(合計金八、〇〇〇万円)を支払うというもので、うち金二、〇〇〇万円(合計金四、〇〇〇万円)は既に支払い済であり、残金についても保釈保証金をもってその支払いに充てるというものであった。
被告人は本件犯行が明らかになって逮捕勾留されるにおよび、自己の犯した罪の重大性にあらためて思いを致し、その段階で前記関口及び矢嶋両名に弁償をしようとしたが、その資金捻出の目途が立たなかったことから、第一審裁判の公判中においては具体的弁償行為を実行することはできなかった。
その後、右弁償に要する金員を自宅の売却代金等で捻出することが可能となり、前記のとおり、原審裁判の公判中である昭和六二年二月一〇日、前記の弁償行為を行なったものである。
二 被告人は其の後もできるかぎりの弁償を行なうべく、それこそ昼夜を分かたず仕事に励み、その豊かな才能を不動産関係の仕事にいかんなく発揮し、加えて近親者の積極的協力をも得て、以下述べるとおり、示談をすることができるようになった。
すなわち、被告人は関口及び矢嶋の両名との間に取り交されていた前記弁償に伴ない取交された示談書の第三項の内容に従い、未弁償分の弁償を行なうことが可能となったことから、実際に同人らに与えた損害の全てを補填すべく示談交渉に及び、本上告趣意書に添付したとおり、昭和六二年六月二四日、右両名と円満に示談が成立したものである。本件各犯行は個人的財産に対する犯罪ではなく、本来被害者が存在しない犯罪の種類ではあるが、関口及び矢嶋の両名は、本件犯行により本来納税すべき額はもちろんのこと、それ以外に多額の追徴税や罰金を納めることとなり、そこには実質的損害があるとみるべきことから、被告人は本件犯行に依り得た利益の全ての返還を右両名に対してなしたものである。
今回の弁償により、被告人は、関口に対しては原審における金四、〇〇〇万円(これは土地代金の返還名目)と今回における金八、〇〇〇万円の合計金一億二、〇〇〇万円、矢嶋に対しては原審における金四、〇〇〇万円と今回における金三、五〇〇万円の合計金七、五〇〇万円、総合計金一億九、五〇〇万円という多額の出捐をしている。
被告人は、もとより犯罪行為によって利益を手元に残すことを企図しているわけではなく、むしろ、本件によって損失の出たことは、いわゆる身から出た錆といえる類の結果かもしれないが、少なくとも二億円に近い多額の弁償行為を行なった被告人の行為は十分に評価されてしかるべきであると本弁護人は思料するものである。
以上の点から、原判決の量刑を維持することは著しく正義に反すること明らかであるからすみやかに原判決を破棄されたい。
第三 上告審における刑事訴訟法三九三条二項、同法三九七条二項の準用の有無について
一 貴裁判所昭和五二年一二月二二日第一小法廷判決(以下「五二年判決」という。)によれば、「控訴審に関する刑訴法三九三条二項、三九七条二項の各規定は、上告審に準用がないと解するのが相当である」旨判示されている。刑訴法三九三条二項、三九七条二項の各規定が上告審に適用があるか否かについては学説上争いがあり、右結論の如何によっては上記弁償行為の効果に関しても重大な影響があるものと思料されるので、ここで本弁護人は右準用の是非について意見を明らかにすることとする。
ところで、五二年判決におけるこの問題についての判示は上記にとどまり、単に「上告審に準用がないと解するのが相当である」というのみで何故「相当」なのかの理由を全く示すことなく結論のみを述べているに過ぎない。
そこで五二年判決が結論において準用に消極であることから、学説等で五二年判決と同様の消極説を採る立場の論者の理由を検討してみる。
二 消極説を採る論者は、概ね次のような理由を自説の根拠としている。
1 刑訴法四一〇条及び四一一条によって原判決破棄の事由を限定しているので、これにより刑訴法三九七条二項の準用を排除したと見られること。
2 刑訴法三九三条二項、三九七条二項は、控訴審の事後審査のたてまえに対して重大な例外を認めたものであって、第一審判決後の被害弁償、示談成立等について、控訴審で量刑上考慮してもらいたいという在野法曹の強い要望により、昭和二八年法律第一七二号により追加された規定であること。
3 上告審の性格、構造は控訴審と同様事後審であり、上記改正の論議の過程においても、上告審をどのようにするかについて論じられた形跡はなく、上告審の規定に何の変更もなかったこと。
三 しかしながら、消極説の上記各理由はいずれもこの問題について、積極説を採る論者を納得させるものではなく、かえって、以下述べる理由からすれば積極説が正当であること明らかである。
1 上記1の点であるが、刑訴法四一四条は、「前章の規定は、この法律に特別の定めある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する」旨規定されており、特別の除外規定が定められていない限り、控訴審の規定を準用するのが、法文に忠実な解釈といわなければならない。そして、刑訴法を通覧しても、控訴審に関する刑訴法三九三条二項、三九七条二項を排除する特別の定めはないばかりか、上告審の規定には控訴審判決後の情状に関する事実の取調につき何らの規定も置いていないことからすれば、条文上はむしろ刑訴法四一四条の規定から、刑訴法三九三条二項、三九七条二項を上告審に準用するのが正しいこと明らかである。
2 上記2の点であるが、たとえ刑訴法三九三条二項、三九七条二項の立法の過程において消極説の論者がいうような経緯を有したとしても、そのこと自体は何ら積極説を排除する理由にならない。そもそも、立法作業においては、国会ではもちろんのこと、原案作成過程では専門家の種々の意見や考え方をそ上にのせて議論を尽くしたうえで条文化される訳であり、一たび条文化されればそれはその法律の中で解釈作業がなされるべきことは論を待たない。本弁護人も、法律解釈において立法理由等が一指針になることまで否定するものではないが、それはあくまでも補充的なものであるべきであり、論理解釈等の法律解釈技術をもってしてもなおかつ解釈に疑義が残る場合においてとられるべきであることに異論はないであろう。その意味からすれば、この場合、論理解釈等の方法で矛盾なく刑訴法四一四条の規定から、刑訴法三九三条二項、三九七条二項の上告審への準用を説明できるのであり、それを否定する方向に立法過程等の諸事情を持ち出すことは、法律解釈の基本を無視したものといわざるを得ない。
3 上記3の点であるが、上告審の性格、構造が事後審的であることはこれを否定するものではない。しかしながら、各審級に基本的原理としてどのような性格を盛り込むかということと、その基本的原理を立法化するにあたり、どの程度その原理を貫徹するかは別の問題である。
訴訟法という極めて技術的要素の強い法律分野においては、その内容に如何なる原理をどの程度盛り込むべきかはひとえに政策的なものであり、上告審の性格、構造が事後審であるからといって例外を許さず、硬直的にその原理を維持する方向で解釈を展開することは、訴訟法の持つ上記要素を無視する姿勢である。現に控訴審において刑訴法三七三条二項、三九七条二項等の規定があること自体、その持つ事後審的性格が変容されている何よりの証左であろう。
四 これに加えて、積極説には次のような論拠がある。
1 消極説の論拠1の反論部分で述べたとおり、刑訴法四一四条は、特別の定めある場合を除き、控訴審の規定を上告審に準用していて、上告審の規定には、控訴審判決後の情状に関する事実の取調につき特に定めたものはなく、控訴審に関する刑訴法三九三条二項、三九七条二項を排除する特別の定めは刑訴法上見当らないこと。
2 本件及び五二年判決のように、上告審にいたり多額の弁償がなされるなどして、控訴審判決後の情状により、原判決の量刑が明らかに正義に反し、しかもそれを不問にするのが著しく正義に反する場合もありうるのに、これを救済する途がないのは不合理であること。
五 本件のごとく、示談に要する金額が億という単位に達するような場合、短期間にその全額を用意することが物理的に不可能なことは想像に難くない。そして、右示談金の準備に相当な期間を要する場合、準備することが相当程度確実な場合であっても、裁判所が公判期日をその準備可能なときまで伸ばすことは、実際の裁判の場においては殆ど有り得ないことであることも弁護活動に携わっている者にとっては日常経験することである。
このような場合、第一審段階、第二審段階、と出来うるかぎりの弁償行為をなし、なおかつ全額の弁償をなすに至らず、上告審の段階になって、残額の弁償が可能になるということは本件や昭和五二年判決の事案のように実際に有り得るわけであり、特に、本件のような多額の弁償を行なわなくてはならない場合には、上告審の段階にまで示談がずれ込むことは間々有りうるのである。
昭和五二年判決の消極説の結論を維持するかぎり、上告審段階での弁償行為は量刑に影響がないということから、被告人の弁償意欲を減殺させることになり、その結果、犯罪により得た不法の利益を被害者等に還元することなく、被告人の手元に保持させるという極めて不当な状況を招くことは火を見るよりも明らかであり、ひいては、被害弁償がなされないことによる被害者の生活自体の破壊という結果さえ考えられるのである。この点につき、関口は図らずもその被害者的立場の実状と心情を本上告趣意書添付の上申書で述べている。すなわち、その上申書九項において、同人は「本件により筆舌に尽くし難い精神的苦痛を受けるとともに、多額の税金を負担する結果となりました。そのため私は他の相続人の協力も得て処分できる土地はすべて処分して懸命に納税に努めて参りましたが、前述の通り今後の納税に行き詰まった大変苦しい状態に達しており、このままの状態が継続するときは私の経済生活は破綻するおそれがありました。このようなときに図らずも広納氏より八、〇〇〇万円の返金を受けて本件に係る諸税を完納できたことについては大変感謝しております。」と述べている。同人の右告白は被害者等の立場からしても上告審における示談、弁償の重要性を余すところなく表しているものといえよう。
六 以上のとおり、上告審の審判への刑訴法三九三条二項、三九七条二項の準用の有無という問題については消極、積極両説の対立があり、貴裁判所におかれては前記五二年の消極説に組みする旨の判決があるが、右判例の結論には合理的な理由がないばかりでなく、消極説を維持することによる弊害が顕著といわなければならず、速やかに右五二年判決を変更されたい。
七 最後になるが、右五二年判決は、既述のとおり一方においては右条項の上告審の準用を否定しながら、他方においては本件と同様に上告審の段階で示談が成立した事案において、原審を審理不尽を理由として破棄差戻しをしているのであって、結果的には準用を肯定したのと同様の結論を導いているのである。
その点から、仮に昭和五二年判決の結論を維持するとしても、事案の具体的解決に当たっては、上告審段階に至って金一億一、五〇〇万円もの多額の弁償を行なった本件の事情を酌量され、本件におかれても五二年判決と同様の配慮をされ、原判決破棄の具体的妥当性のある判断をくだされるよう切に望むものである。
示談書
関口安弘(以下「甲」という。)と広納俊治(以下「乙」という。)とは、甲及び乙に対する相続税法違反被告事件に係る昭和六二年二月一〇日付示談書第三項に関して、次のとおり示談する。
一 乙は甲に対し、右刑事事件に係る乙の受領報酬手取金八〇〇〇万円の返還義務のあることを認める。
二 乙は前項返還金を本日甲代理人清水有幸弁護士に支払い、同代理人はこれを受領した。
三 乙は前項返還金のほか、前掲示談書第二項2を引き続き遵守し、その債務を履行することを確約する。
四 甲乙間には前掲示談書及び本示談書に定める意外相互に何らの債権債務のないことを確認する。
右示談の成立を証するため本書二通を作成し、各自一通を保有する。
昭和六二年六月二四日
東京都江戸川区大杉一丁目六番一二号
甲 関口安弘
東京都中央区八重洲一丁目九番九号
東京建物ビル四階
右代理人弁護士 清水有幸
東京都台東区根岸四丁目一四番一〇号
マルタビル
乙 広納俊治
東京都千代田区大手町一丁目七番二号
サンケイビル本館七階
右代理人弁護士 石塚文彦
領収証
<省略>
示談書
矢嶋正司(以下甲という。)と広納俊治(以下乙という。)とは、詐欺(予備的訴因相続税法違反)、所得税法違反被告事件に係わる乙の受領報酬手取金七五〇〇万円の内金四〇〇〇円について、昭和六二年二月一〇日付示談書を作成したところ、この度残金三五〇〇万円の支払に関し次のとおり示談する。
一 乙は甲に対し、頭書刑事事件の報酬金のうち手取分残金三五〇〇万円を左記のとおり甲の代理人弁護士堀田勝二法律事務所に持参または送金して支払う。
記
1. 本示談書調印の日 金二五〇〇万円
2. 頭書刑事事件の追加保釈保証金
一〇〇〇万円の返戻をうけたとき 金一〇〇〇万円
二 乙は前項の金員のほか、前掲示談書第二項2を引続き遵守し、その債務を履行することを確約する。
三 甲及び乙は、右条項に定めるものの外、互いに何らの債権債務のないことを確認する。
右示談の成立を証するため本書二通を作成し、各自一通を保有する。
昭和六二年六月二四日
東京都足立区谷在家三丁目一六番一六号
甲 矢嶋正司
東京都港区虎ノ門三丁目八番二号虎ノ門吾妻ビル七階
右代理人弁護士 堀田勝二
東京都台東区根岸四丁目一五番一二号ジャルダン根岸三〇七
乙 広納俊治
東京都千代田区大手町一丁目七番二号サンケイビル本館七階
右代理人弁護士 石塚文彦
領収証
<省略>
上申書
一 私は昭和六二年二月一〇日私の代理人である清水有幸弁護士を通じて、広納俊治氏と同日付示談書記載のとおり示談をし、かつ同日付をもって東京高等裁判所に対し、私の率直な気持ちを上申いたしました。
二 そして私は右示談により広納氏より受領しました二〇〇〇万円により、同年同月一八日、別紙相続税延納許可通知書記載の相続税のうち、とりあえず、相続人五名全員の第九回までの分納税一三九五万円及び相続人三名の第一〇回までの分納税四五四万二〇〇〇円合計一八四九万二〇〇〇円を納付しました。
三 しかし、同日現在において、なお相続税の残額は前記通知書記載のとおり分納税七八二九万八〇〇〇円、利子税一四一七万三〇〇〇円合計九二四七万一〇〇〇円存在し、分納税は前述のとおり第一〇回の一部まで納付済でありますが、分納税同様毎年六月二九日に納付しなければならない利子税は未納となっておりますので、本年六月二九日に納付しなければならない利子税が四八九万五二〇〇円あるほか、本年度は昨年相続税納付のため売却した土地についての譲渡所得税二二六六万八九〇〇円及び住民税六八〇万七三〇〇円合計三四三七万一四〇〇円を納付しなければならない状態でありましたが、右税金のうち、譲渡所得税は昨年度の土地売却代金により本年四月一三日納付し、また利子税、住民税は同じく昨年度の土地売却代金により納付を予定しておりました。
四 しかし、来年度以降の利子税一四一七万三〇〇〇円及び第一〇回の一部と第一一回以降の分納税七八二九万八〇〇〇円については、既に処分できる相続土地はすべて売却し、残っている相続土地はいづれも他人に賃貸中で換価処分が容易でない状態で、前回の示談により今後広納氏より返還される二〇〇〇万円を除き、納付の目途が立たず、私共相続人一同大変苦慮いたしておりました。
五 そこで、私は引き続き清水弁護士を通じて広納氏に対し、金員の返還を求めてきましたが、私共といたしましては広納氏の現在の状況から考えて、広納氏が果して多額の金員を返還できる能力があるのかどうか大変疑問に思っておりました。
六 ところが、今回は図らずも広納氏より同氏弁護人石塚文彦弁護士を通じ、少なくとも分納税残額全部を納付することができる八〇〇〇万円を返還したい旨の申入れを受けましたので、私共相続人一同協議の結果、広納氏の誠意を認め右八〇〇〇万円及び前回の示談により今後返還される二〇〇〇万円をもって、私と広納氏との金銭関係は一切清算されたものとする旨の今回の示談をいたしました。
七 そこで、私は右八〇〇〇万円により、昭和六二年六月二九日分納税額七八二九万八〇〇〇円を納付して、同日以降の利子税の負担を消滅させるとともに、同日前述のその他の税金もすべて納付し、同日をもって本件に係る諸税を完納することができました。
八 私が前同日までに本件に関し納付した相続税、所得税、住民税(利子税、加算税等を含む)及び罰金は、総額で四億四四六一万七一〇〇円であります。これに対し、前同日までに広納氏より受領した金員は、今回の返還金八〇〇〇万円のほか、広納氏が当初納付した相続税六五〇七万九〇〇円及び土地売却代金の返還金五〇〇〇万円を含め、一億九五〇七万九〇〇円で、これに今後同じく土地売却代金として返還される二〇〇〇万円を加えると、総額で二億一五〇七万九〇〇円であります。
九 私は本件に関して、共犯者として処罰されたことについては現在においても勿論深く反省しておりますが、本件により筆舌に尽くし難い精神的苦痛を受けるとともに、多額の税金を負担する結果となりました。そのため私は他の相続人の協力も得て処分できる土地はすべて処分して懸命に納税に努めて参りましたが、前述の通り今後の納税に行き詰まった大変苦しい状態に達しており、このままの状態が継続するときは、私の経済生活は破綻しかねない状態にありました。このようなときに図らずも広納氏より八〇〇〇万円の返還を受けて本件に係る諸税を完納できたことについては大変感謝しております。
一〇 つきましては、広納氏に対し是非ご寛大なるご判決を賜りますよう上申する次第であります。
昭和六二年六月二九日
東京都江戸川区大杉一丁目六番十二号
関口安弘
最高裁判所 御中
<省略>